福島への旅で、感じたこと

コンサート・ツアー情報

思い返せばたった、5日間の福島・車旅ツアー。

落ち着いてこの旅で感じたことを書こうと思うのに、全く言葉が出てこない。

「今、ここ」で感じたことが強烈すぎて、「思い出して書く」という行為に結びつかないのかもしれない。

でも、その体験が全部、自分の血肉になっている実感が、ある。

私は子供の頃からはっきりと「自分自身の考え」があり、それは特殊な家庭環境で育ったせいかもしれない。

かなり小さい頃から、人権や環境問題、そして平和についてなどに疑問を持ち、独自の意見を持っていた。

でも、それを話しても、誰からも理解はされなかった。

大人になっても「少数派」「変わり者」扱いだった。

でも最近、子供の頃思い描いた「未来」が流れ込んできている気がする。

初日のいわきから、同じような問題意識を持ち、私が大好きなこと、興味あること、美しいと感じることを共有できる人たちとたくさん出会った。

というより、そういう人としか、出会わなかった。

少数派?変わり者?いやいや、もっともっとコアな活動をしている人たち、楽しんでいる人たちばかりだった。

話せば話すほど、どんどん近づいていく。

共感していく。

笑顔が増幅していく。

郡山でも素晴らしい自然、アート、そして日本の美しい伝統の中で演奏し、たくさんの人たちと話した。

人生の大先輩のおじいちゃん、おばあちゃんとも感動的な交流があった。

古民家の風景、毎日の食事、毎夜の晩酌、どれ一つとっても、私にとってキラキラ輝く美しいものに囲まれていた。

一人登山でも、偶然知り合った方に助けられ、一日中話しながら山を歩いた。

嘘のないまっさらな話を、自分の好きな話を、初対面同士とは思えない密度で。

何かがカチッ。と音を立てて変わったようだった。

パラレルワールドに迷い込んだような感覚。

「時間は未来から流れている」

とは、仏教の考え方でもある。

そして、私が敬愛する写真家・森山大道氏の写真哲学である「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい」という感覚に深く通じている。

時間は直線的に流れるものではなく、すでに過ぎ去った過去の出来事や、まだ見ぬ未来の風景の予兆が、街角のそこここにフラットに浮遊していると考えているのだ。

まさにその感覚を、福島では強く感じた。

そしてラッキーなことに、私には音楽があった。

演奏に集中すること、客席のみんなに心を開くことでスルリと自分の望むパラレルワールドに滑り込んだのかもしれない。

滞在中は、その空気感を伝えたくて短い動画をたくさん作った。

「福島・車旅ツアー」の再生リストはこちら。

これからも、自分の想いを大切に、そして「今」を生きていきたいと心から感じた素晴らしいツアーだった。

福島のみんなに、愛を込めて。

ありがとう!

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